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人事グループ労政チーム チーム長代理の酒井祐次郎氏と同チームの中園真由美氏

第51回 アステラス製薬株式会社(1)

第51回は、今年度のワーク・ライフ・バランス大賞(主催:次世代のための民間運動~ワーク・ライフ・バランス推進会議~財団法人日本生産性本部)を受賞された、アステラス製薬株式会社をお訪ねしました。同社は、2005年4月に山之内製薬と藤沢薬品が合併して誕生しました。制度や業務の統合に向けて長時間労働の傾向が続いていたことから、2006年4月に労使共同の人事制度協議会を立ち上げ、ワーク・ライフ・バランスの追求を通じて、より高い成果を発揮しつつ、活き活きと働き続けるための仕組みづくりを進め、「労働時間の削減」や「退職率の低下」などの成果をあげていらっしゃいます。今回は、制度化のプロセスや、取り組みを成功させるための工夫などについて、同社人事部 報酬・労政グループの芦澤幸裕氏とダイバーシティ推進室の米奥美由紀氏にお話をお聞きしました。

(インタビュアー:大麦)

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ワーク・ライフ・バランス大賞の受賞、おめでとうございます。
どのようなきっかけで、ワーク・ライフ・バランス大賞に応募されたのですか?

米奥氏  ワーク・ライフ・バランスの取り組みはさまざまな切り口でなされていますが、当社では女性の活躍推進をベースにしながらも、男女がともに活き活きと働ける環境をつくっていきたいと考え、2009年4月から「FFDay(Family Fridayの略。月~木曜日の退社時間が17時45分なのに対して、金曜日の退社時間を16時にする制度)」を導入しました。
それを受けて、さらにワーク・ライフ・バランスの取り組みを社内でも加速していくために、一度、社会からの評価を受けてみたいと考え、応募しました。また、「FFDay」という独創的な制度を、社会に広く知ってもらいたいという思いもありました。
※支店・営業所は、月~金の就業時間の15分短縮と夏季休日を3日間付与する形で導入

社員の反応はいかがでしたか?

米奥氏  ワーク・ライフ・バランスの取り組みを推進してきたプロジェクトのメンバー、経営トップ、人事部など、制度の構築・導入に関与した担当者はもちろんですが、そのほかの社員も、「自分が勤めている会社は、こんなにいろいろな制度が充実している会社なんだ。会社がやろうとしていることは、社会から「大賞」と評価されるぐらい素晴らしい取り組みなんだ」ということをあらためて知って、非常に喜んでいますし、気を引き締めてくれているのではないかと思います。

芦澤氏  今回の受賞は、違う文化で育ってきた二つの会社が2005年に合併して、わずか数年の間でここまで取り組みを進めてきたということも評価されてのことだと聞いています。そういう意味では、ワーク・ライフ・バランスの推進だけではなく、2004年の2月からスタートした合併前後の6年間の取り組み全体を評価してもらえてのことだと思っていますので、全社員で喜びたいと考えています。

なぜ、ワーク・ライフ・バランスに取り組まれることになったのですか?

芦澤氏  合併に伴う業務により、長時間労働の傾向が続いていたことと、医薬品業界では1日7時間台の所定労働時間が一般的であるなか、当社では8時間であることが課題と認識されていました。また、『VISION2015』※1の実現に向けて、ジェンダー・バイアス2 のない組織風土を作り上げるためには、社員一人ひとりのワーク・ライフ・バランスの向上と、意識改革ならびに、それを支える制度が必要と判断しました。そのひとつが「労働時間の短縮」に向けた取り組みです。
※1 アステラス製薬で定めている、経営理念の実現に向けて2015年に実現を目指す企業像
※2 男女の役割について固定的な観念をもつこと

労働時間の短縮に取り組むにあたって、金曜日の所定労働時間を短縮することを基本方針としたとのことですが?

芦澤氏  普通であれば、1日10分、20分ずつ短くするという話になると思いますが、今回の取り組みの目的は、単に所定労働時間を短くすることではなく、ワーク・ライフ・バランスを追求しつつ仕事の仕方を見直して、全体の実労働時間をどうしたら短くできるのかということでした。「単に1日数分ずつ短くしても、結果的に仕事の仕方が変わらず、所定労働時間は短くなったけれども、残業が増えて実労働時間は変わらないということにならないよう、何か工夫できないか」と考えたときに、15分×5日間の計75分を1日でとってみては、というアイディアが出てきました。

それが「FFDay」を導入されるきっかけだったのですね。

芦澤氏  そうです。金曜日の退社時間を16時にすることで、社員それぞれの状況に応じて、「映画が好きな人であれば映画を1本見られる」、「単身赴任の人であれば早い時間に留守宅に着ける」、「家族と一緒に食事がとれる」、「語学など自己啓発の時間がとれる」など退社後の時間の使い方にさまざまな可能性が出てきます。そのことが、ワーク・ライフ・バランスの追求のために有効に働くのではないかと考えました。
また、メンタルヘルス対策について検討した際に、産業医の先生から、<1>1日5時間以上の睡眠、<2>週に1回の運動、<3>平日に家族と食事をすること、の3点を行っていればメンタル不全にはなりにくいという示唆をいただきました。「FFDay」は<3>にも寄与すると考えています。

かなりユニークな制度ですが、導入にあたってご苦労はありませんでしたか?

芦澤氏  仕事の仕方を抜本的に変えなければなりませんから、「そんなこと絶対無理だ!」という声もありました。ただ、経営トップが、「とにかくやってみよう。やってみてだめだったら考えよう」という姿勢を示してくれましたので、思い切って取り組むことができました。

2009年4月の「FFDay」の正式導入の前に、2008年度に各部門で「時間外労働の追加発生なく、所定労働時間を短縮するためのトライアル」をされたとのことですが、具体的にはどのように行われたのですか?

芦澤氏  人事部が一律に進めようとしてもうまくいかないと考え、トライアルのやり方は各部のマネージャーに任せました。「金曜日の16時に帰れるようになる」という目標だけをトップダウンで決めて、やり方は各部で自由に考えてもらうことにしました。

現場に任せたということですね。

芦澤氏  そうです。「結果として16時に帰る状態になっていればよい」ということにして、人事部は、2007年度と比べて、2008年度の上期、下期にどのぐらい労働時間が減ったかだけを見ることにしました。そのため、部によってトライアルの内容は違いますが、たとえば、「まずは金曜日17時退社を目指します。さらに最終金曜日は16時退社を目指します」などの目標を設定して取り組んでくれていました。

トライアルの成果はいかがでしたか?

芦澤氏  部によって違います。予定していた以上に成功した部もあれば、目標に達しなかった部もありましたが、平均して2007年度上期と2008年度上期を比較して月約4時間の短縮、2007年度下期と2008年度下期を比較して月約7時間の短縮が実現しました。時間外労働を追加発生させずに所定労働時間を短縮することが目標でしたが、結果的にそれに近い数字を達成できたことから、2009年4月に「FFDay」を正式導入することができました。導入後の2009年度上期も同様の傾向で、労働時間の短縮に成功しています。

トライアル成功の要因はなんだと思いますか?

米奥氏  各部のトライアルの状況が社内イントラで見られるようになっていたのが非常によかったと思います。お互いに参考にすることができましたし、多少の競争意識も働いたのではないかと思います。また、1年間同じように取り組むのではなく、上期と下期で内容を変えて、下期は2009年4月の正式導入に向けて、より実際に近い形で取り組んでいた部が多かったです。

具体的には、各部でどのように労働時間を削減したのですか?

芦澤氏  各部に任せているので細かくは把握していないのですが、どうしたら16時に帰れるかという発想で、打ち合わせや会議を退社の30分~1時間前までには終わらせるなど、関係各部と日々の業務を調整していったようです。

退社時間が早まることへの顧客、取引先への説明はどのように行ったのですか?

芦澤氏  顧客、取引先、社内の関係部署に迷惑をかけない形で、トライアルをどのように進めるか、誰に対して説明するかを、各部で考えて行ってもらいました。

現場に任せて取り組んでもらったのですね。

芦澤氏  トップダウンは非常に大事ですが、やり方はそれぞれの部署に任せるというのが当社の特徴ではないかと思います。たとえば、在宅勤務なども、細部まで人事部で決めるのではなく、各職場で、誰を対象とするか、どういう内容(期間や頻度)で実施するかを決めてもらっています。

ワーク・ライフ・バランスにはどのような体制で取り組んでいるのですか?

米奥氏  2006年4月に、労使共同の人事制度協議会が立ち上がり、そのなかの六つの分科会のひとつとして、「男女共同参画分科会」を設けました。それと並行して、2006年5月に営業本部で、「女性MR(医薬情報担当者)プロジェクト」を立ち上げました。全社的に取り組む必要のある課題については人事制度協議会で、営業本部独自の課題については「女性MRプロジェクト」で検討を進めてきました。

社長直轄の部門横断プロジェクトも立ち上げたとのことですが。

米奥氏  2007年11月に、「男女共同参画分科会」が答申した内容を具現化するため、社長直轄の部門横断プロジェクトWIND(Women’s Innovative Network For Diversity)が発足しました。そして、そのプロジェクトを引き継ぐ専任組織として、人事部にダイバーシティ推進室が設置されました。
社長の直下に推進リーダーとしての役員、その下に人事部が置かれ、人事部のなかで、労働時間の削減に取り組む報酬・労政グループと、女性の活躍推進に取り組むダイバーシティ推進室がお互いに連携しながら、ワーク・ライフ・バランスの取り組みを進めています。女性MRプロジェクトについては営業本部で取り組みを継続しています。

あわせて、「労働時間適正化キャンペーン」も実施され、過重労働に対して、上長に対する働きかけや職場への人事部訪問などを行われていますが、成果はいかがですか?

芦澤氏  以前から過重労働の注意喚起はずっとやってきていましたが、2009年4月からは、前の週に22時以降も会社に残っていた社員と休日に出社した社員をリストにして上長に示し、上長が把握していない時間外労働がないかを確認するようにしました。本当に22時以降、もしくは休日に出社してやらないといけない仕事なのかを判断してもらうためです。こうした取り組みにより、時間外労働に対するマネージャーの意識が、より強くなったと思います。

ワーク・ライフ・バランスの研修を実施されたそうですが、どのような内容ですか?

米奥氏  まず、トップを含む部長職以上を対象に、ワーク・ライフ・バランスの専門家の先生を招いて、特別講演と題したダイバーシティマネジメント研修を実施しました。先生には、今の社会背景と照らしあわせて、「経営者として、時間についてどう考えるべきか。ワーク・ライフ・バランスについてどう考えるべきか」という内容の講演をお願いしました。また、営業所長にも同じ研修を受けてもらいました。この研修により、「ワーク・ライフ・バランスを追求しながら、限られた時間でいかに成果をあげるか」という方向に意識が変わったと思います。

マネージャー向けにはどのような研修をなさったのですか?

米奥氏  国内グループ会社を含む全職場のマネージャーに対し、経営層への研修をしていただいた先生が監修したDVDと、ダイバーシティ推進室が作成した教材を使って、ワーク・ライフ・バランスについての研修を行いました。その後、各マネージャーに、自らの職場のメンバーに対して、自分自身が理解したことを、書籍やDVDも活用しつつ説明する職場研修を実施してもらいました。
さらに、職場会(各職場で話し合う会)も実施し、ワーク・ライフ・バランスの意味を正しく理解し、「時間制約」を前提とした働き方が重要であることを理解するのに加えて、仕事の仕方・進め方を見直し、改善するために、具体的に何かひとつ取り組みをしてもらうことにしました。

具体的には、どのような取り組みがされているのですか?

米奥氏  まさに、今取り組んでもらっているところなのですが、たとえば、「毎日、各自が自分の退社時間を宣言し、グループで共有する」「お互いの業務を共有する」などです。こうした取り組みをすることで、退社時間直前にはお互いに仕事を持ち込まないようにしたり、同じような業務をしている部署で、残業が発生する人と残業しない人がいた場合に、何が違うのかを考えたりするようになってほしいと考えています。

取り組み内容は、現場に任せているのですね。

米奥氏  人事部が一方的に決めるよりも、自分たちが納得した上で、上長と相談して決めて取り組むほうがよいと考えています。ただし、完全に現場任せでは大変ですので、業務の効率化のための具体的なアイディアは、書籍などを参考にして、マネージャーに示しています。

取り組みは、期間を区切って行っているのですか?

米奥氏  最低1ヶ月は実施してくださいとお願いしています。その上で、1ヶ月後に職場で取り組み内容を評価し、成果があがっていればそのまま続ける、もっとステップアップするなど考えられると思いますが、そこもマネージャーに任せています。

全社員向けにはどのような研修をなさったのですか?

米奥氏  2008年度下期に、まずは女性の活躍促進を進める上での基礎知識となる、「ダイバーシティ」について理解し、WIND推進(女性の活躍推進)の目的とその方向性を理解するためのダイバーシティについての職場研修を職場単位で実施するとともに、全社員がeラーニングを受講しました。次に、2009年度上期に、良質なコミュニケーションを推進するためのアニメーションを用いた研修を実施しました。そして、それらの知識を土台に、2009年度の下期にワーク・ライフ・バランスの研修を実施しました。
2009年度の下期の研修はマネージャーが実施しましたが、2008 年度下期と2009 年度上期は、各職場に1名ずつ置かれているWIND推進のためのネットワークメンバーとマネージャーがパートナーとなって、職場での研修と取り組みを進めてもらいました。

職場での研修と取り組みの推進は、「WIND」推進のためのネットワークメンバーの力を借りているということですか?

米奥氏  WIND推進のための具体的な取り組みを各職場で実施していくためには、マネージャーだけに任せるのではなく、多様性という観点を考慮する必要があると考え、ネットワークメンバーを配置しました。職場での推進施策については、ダイバーシティ推進室で検討したうえで、メンバーに協力をお願いしています。

ネットワークメンバーはどのように選ばれたのですか?

米奥氏  男女を問わず、ある程度の社歴・力量があってマネージャーでない社員のなかから、取り組みを進める上で協力してほしいと思うメンバーを、各職場のマネージャーに選出してもらっています。20~30名程度の職場単位で1名ずつ、現在全社で計188名おり、各職場でのダイバーシティ職場研修・職場会などを開催してもらっています。

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*この記事は2009年11月に取材したものです

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